代表日記 3月

3月5日(

  昨日は、「第5回TOSS全国1000会場教え方セミナー岩手」が開幕。午前午後で32名が参加。

  講師と参加者が同じ目線で考え、悩みを共有し合い、対応の引き出しを増やす作業を行った。

  TOSS銀河TSは、これから6月3日(土)までセミナーを開催していく。ぜひ多くの方に参加していただきたいと願っている。

  昨日の「田村代表の学年末の仕事術」で、時間術と仕事術について、ひとつの参考例として話させていただいた。

  その中に「お金で時間を買い、時間で知識を買う」があった。

  「お金で時間を買う」とは、例えば自動車道を使い、目的地を往復することで、自分の時間が生み出されるということだ。

  その時間を活用することで、複数の仕事(日程)をこなすことが可能になる。

  そして「時間で知識を買う」では、サークル活動について取り上げた。

  サークル活動は、自分の時間を使い授業力や学級経営力そして人間力を仲間と一緒に高めようとする活動である。

  例えば、学習指導法やいじめへの対応などを一人で考えるのと、10人で考えるのとでは、「対応の引き出し」の数が圧倒的に違う。

  同じ時間でいくつもの対応の引き出しを得ることが可能だ。

  教師は様々な子どもたちと学校生活を過ごす。そして転勤がつきものだ。様々な「対応の引き出し」を持っていれば、子どもの状態、学級の状態によっ

 て使い分けが可能になる。

  結果として、時間を使い知識を買ったことになるのだ。そして、その知識は永遠に自分の中に蓄積される。

  サークル活動は、毎月行われるが毎月出られない方もいる。

  それでいい。出られるときに出ればいいのだ。毎月出なければいけないなどと義務感に駆られる必要などない。

  ぜひ、TOSS銀河TSの活動に参加してください。若い先生、中堅の先生、ベテランの先生、お待ちしています。

  参加申込フォームを使うこともできます。(田村)

 

3月6日(月)

  学級通信『ONE PIECE』第196・197号発行。「別れの序章①」は,サッカー日本代表本田圭佑選手を掲載。200号間近。

  所見の添削を受け、修正。あっという間に終わる。

  1・2時間目に「しりょうでわかる 小学生のこと」の発表会。どの子も意外に上手い説明を行っている。

  学級通信『ONE PIECE』の製本作業準備に着手。

 

3月7日(火)

  学級通信『ONE PIECE』第202号。「田村先生について③」

   田村先生は、とても明るくいつもにこにこわらっていて、やさしい先生でした。勉強もすごく分かりやすく教えてくれました。体育の時間はおもしろ  

   いゲームをたくさんおしえてくれました。じゅ業も楽しくやることができました。休み時間はいっしょにおにごっこをして遊んでくれたり、おしゃり

   をしたりして、毎日がものすごく楽しかったです。1日が1時間のように感じて、学校に行くのが楽しみになりました。田村先生といると安心しまし

   た。学校の行事のときはいっしょに練習してくれてとてもうれしかったです。やる気が出てきました。おうえんもしてくれました。田村先生はひとつ

   ひとつをいっしょうけんめいにやっていました。私あっちにいいことやうれしいことがあると自分のことのようによろこんでくれて、私もがんばろ

   う!!という気もちになります。田村先生を見ていると、元気になるし、すなおになれる気がしてとてもたのしいです。私は、4年生も田村先生だと

   いいなと思います。

 

3月8日(水)

  本日の5・6時間目に「お楽しみ会」をイベント係が開催する。

  今週の金曜日の2~4時間目、そして来週もイベントが行われる予定。

  各係がイベントの企画書を書いて準備を進めてきた。

  今年度は、3年生ということもあり、イベントを企画したり運営したりすることの楽しさと経験を持たせることにした。

  企画し運営する力は、ある時期を境に急激に高まるということが分かった。その時期についてもだいたい分析が終わっている。

 

3月10日(金)

  本日は、2時間目から4時間目までを使い、「田村先生と礼先生ありがとうパーティー」が開催された。

  先週の水曜日の5・6時間目に続いて、第2弾のお楽しみ会。

  男女対抗ボーリング、出し物、きもだめし宝さがし、クッキング(ビスケットにチョコペンで描く)、くじなどのプログラム。

  感謝される私がモノマネをしなければならないというプログラムもあって笑った。

  ボーリング大会は、ペットボトルのピンと新聞紙を丸めたボール。

  私の番には、盛大なコールを受けて投球! 1本しか倒れず、わずか10点!

  子どもたちから顰蹙の嵐! でも皆大笑いだ。

  最後には、色紙と手紙と折り紙をいただいた。こっそりと準備をしていたらしい。

  いつの間にか、こんな心遣いを行うようになっていたのだなあと感動。

 

3月11日(

  東日本大震災から6年。午後2時46分に黙祷。目には見えない方々を感じながら黙祷。

  震災時、山沿いの小学校にいた。妻は海沿いの小学校。

  妻から「今から漁村センターに避難します」という連絡があり、その直後に音信不通になる。

  妻とは1週間音信不通(後から聞いたが、妻は津波で上がってくる海面から逃げ、子どもたちとともに屋根に上がったという)。

  私は山道を通って自宅へ(自宅も山沿い)。

  あの当時は、いろいろと不便だったが、家族はもちろん人々の強い団結を実感した日々だった。

  約一週間後、やっと携帯が通じ、メールを発信。

  全国の向山一門の方々からメッセージをいただき感激。

  向山先生からもメッセージをいただく。涙があふれた。

  震災三日後にメッセージ集を打ち始める。全5巻になった。

  全国の仲間が購入してくださった。売り上げを寄付。

  同時に地元はもちろん、岩手・宮城・福島をまわり、被災状況を記録。

  4か月で42回にのぼった。

  福島のJヴィレッジにも行き、差し入れをする。

  いろいろなことがあったあのときだった。

 

3月12日(

  新年度がもうすぐ始まる。

  ベテランや中堅の教師の役割を考えた。

  重要な役割の一つが「若い教師を育てる」ということだ。

  例えば、「休み時間は子どもたちと遊びなさい」と言うこと。

  雑多な学級・学年に関わる仕事は、中堅やベテランの先生が補えばいい。

  自分の仕事の他に若手の仕事も行なうのである。

  仕事を覚えさせる時機はいつだってある。

  若手の教師は、子どもたちとの遊びから学級経営をつくることがきわめて大切だ。

  若手の教師は、小手先の武器も、安定した実践も持ち合わせてなどいない。

  子どもと正面から体当たりしながら、まさに毎日格闘しながら学校生活を過ごす。

 

  何でも「学年でそろえましょう」と声高にいう教師がいる。信じられない。

  若手にいろいろな選択肢を与えればいいではないかといつも思う。

  「保護者への説明が成り立たないからです」と真っ当と思えるな理由を話す先生がいらっしゃる。

  「若い先生には、自分の実践に磨きをかけてほしいので、いろいろ勉強してほしいと思い、あえてそろえていません」

  そういえば言い。

  「大丈夫です。私が同じ学年の教師として、支えます」そう、はっきりと言えばいいだけだ。

  授業で自由に発言したり活動したりする子どもたちは、学級経営が自由な空気に満ちている。

  そのような学校は、間違いなく職員室が自由である。

  本当に最低限のことしかそろえない。あとは自由。

  それぞれの教師が、自分の実践に自信を持ち、誇りを持っているからである。

  だから、管理職の先生方には、「何でもそろえましょうとは言わないように」と話していただきたい。そう願う。

 

  「そろえる」ことの中に「めあては赤のチョークで囲ませる」というものがあるらしい。

  「それは、子どものことを考えていない行為なのかもしれない」と疑問を持つことが大切だ。

  本校では、そんなことを「合わせましょう」とは言わない※めあてを書くことにも意見があるが、ここでは言わない。

  「枠囲みにひどくこだわる子が複数いる学級では、◎でもいい」とするなら分かる。

  課題だと分かればいいのだから、枠囲みでも◎でもいいはずだ。

  そのような許容範囲が必要なのだ。「めあてを枠囲みする」という教育行為を深く考察する必要がある。

 

  色紙に名前とメッセージを書いて落款を押印。25人分を午前中に終わらせる。

  3月4日()教え方セミナー北上会場で紹介した書き方で進めた。

  誰でもできる書き方だ。挑戦すればだれでもできる。大切なのは挑戦するという「断固たる決意」だ。

  ぜひ、挑戦してほしい。子どもたちと親の心をわしづかみすること間違いなしである。

  3月26日()の教え方セミナー盛岡会場でも公開する。

  尚、色紙のモデルが手元にあるとうれしいという言葉をいただいた。

  そこで、5月21日()北上会場(北上市総合福祉センター)に1日参加される方限定に色紙をプレゼントをさせていただく。

  限定50名。

  ただし、5月14日()までに参加申し込みの方。

  急に参加できなくなった方へは、申し訳ないのだがお渡しできない。

  あくまでも当日1日参加された方限定である。

  すでに10名の申込がある。

 

3月17日(金)

  昨日修了式。今年度の子どもたちとの最後の日。

  子どもたちは「来年4年生の先生じゃなかったら許さないからね」と言ってきたことに笑顔で返す。

  先日もたくさんのご家庭の方からいただいた学級通信『ONE PIECE』200号達成のお祝いの言葉の中にも「来年も担任になっていることを楽しみにしてい 

 ます」という言葉がよく見られた。本当に恐縮する。

  私は偉い存在ではない。今の子どもたちが素直で明るいのは、ご家庭の皆さんやこれまで担任してくださった先生方のおかげである。

  そう思いながら1年間の担任を続けてきた。1年勝負というつもりで毎日子どもたちと格闘してきた。

  ただ、「ぜひ来年も」と話す子どもやご家庭が多いのは、少しはいい学級づくりをしてきたのかなと思っている。

  学級通信も218号になった。こんなに書いたのは、20代後半のとき以来だ。

  下校時刻になってもなかなか帰らないやんちゃ男子数名がいた。もっと教室にいたかったようだが下校させる。

  子どもたちと次に会うのは22日。離任式の日である。

 

  本日は卒業式。今年度の卒業生は、東日本大震災の年に入学した子どもたちである。

  子どもたちも「絆」を大事にした卒業式にしたいと願っているそうである。

  たくさんの卒業生からメッセージをお願いされた。

  全員に「夢と希望」という言葉を入れる。夢と希望を抱き、自分の可能性を信じて一歩一歩確実に歩んでほしいと願っている。

 

  ご以下は、家庭からの「学級通信200号達成」のお祝いの言葉の一部から。

 

  200号達成ありがとうございます。

  やっぱり田村先生はやってのけてしまいますね。

  大変お忙しい事は承知していますし、200号もの学級通信を発行するなんて簡単なことではないと分かっていても「田村先生なら達成してしまうんじゃな

 いか」と期待してしまう。何事も希望を感じさせてくれる。信じさせてくれる。そんな『力』が田村先生にはありますね。

  そして、無謀とも思えるような事を、ゴールではなく通過点にしてしまった『凄さ』も重ねて感じています。

  わが子がそのような先生のもとで学べている幸運にも感謝しています。

  知れる学べる学級通信、わが子の帰りと共にとても楽しみになっています。来年度も読み続けられる事を願っています。

 

  ONE PIECE 200号達成ありがとうございます。

  そして、毎日のように発行して下さり、本当にありがとうございます。日々の出来事が手に取るように分かります。

  毎日毎日良い事も悪い事もある子供達。真っ正面から向き合い、一緒に笑って、泣いて、走り回ってくれる先生で本当に良かったです。

  ただしかるのではなく、正しい道へ導いてくれるようにさとして下さる方がそばにいるのは、子供にとってはとても心強い事でしょう。

  うちの子が、帰って来るなり「心の貯金」の話をしてくれました。大人の方が今一度思い出すべき事だなあと思いました。キセキは待つものではなく、

 おこすものだとも思いました。そのような会話を親子で出来るようになるとは思っていなかったのですが、子供の心も育っていっているのだと改めて気づ

 かされる今日この頃でした。

  このまま田村号に乗って、クルーとして卒業まで航海してほしいと願う母でした。

  いつでも全力 どこでも全力 自分にも 仲間にも 思いっきりのエールをおくろう!!

  この言葉で、どれだけ勇気をもらったかわかりません。背中を押してくださってありがとうございます。

  田村先生 ONE PIECE 200号達成、本当にありがとうございます。この一年間、毎日のように学級での出来事をお知らせくださったこと、そして子ども

 達の成長に大切なとても為になるお話を教えて下さったこと感謝しております。学級通信の内容や文章や写真のどれからも田村先生が子ども達を愛おしく

 思って下さっていることが伝わってきて大変有難く思いました。又、田村先生からあふれんばかりの情熱が伝わってきて、親の私もたくさんの元気と希望

 を頂くことができました。今、子供の姿からたくさんの成長を感じています。親子共々かけがえのない一年間を送らせていただきましたこと、田村学級と 

 ONE PIECEに心から感謝申し上げます。ありがとうございました!!

 

3月18日(

  昨日卒業式と卒業を祝う会が無事終わる。6年担任も安心したことだろう。

  6年担任は、低学年の担任を経験することで指導の厚みも幅も増すと実感している。

  高学年ばかりでは、よほどの教師でない限り指導に粗さが残ったままになると考える。

  それは、発問、作業指示や説明に端的にあらわれる。行事等の計画と運営にもあらわれる。

  一言でいえば、「直前の変更を簡単にしてしまうこと」の頻度が高いということだ。

  低学年の子は、変更に弱い。一度組み立てた積み木を全部崩し、もう一度組み立てなければならないのだ。

  高学年の子の場合は、変更した部分を中心とした前後を組み立て直せばいいと考える。

  そこに常に配慮して授業を組み立て、行事等の計画や運営をしなければならない。

 

3月19日(

  ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが、授業について先生方に意見を話している。

 

  眠たくなってしまう

  退屈な授業をしてる先生へ

  自分の授業の録画して

  自宅でしっかりと見て欲しい

  最後まで寝ずに…

 

  この意見に対する賛否両論が起きている。

  あなたはどう思うだろうか。

 

  授業を行う際に必要なのは、教材研究と授業技術・技能である。

  教師を料理人に例えればよく分かる。

  教材研究は、いわば厳選した素材を用意することである。

  授業技術・技能は、いわば素材を生かし、料理をすることだ。

  包丁さばきや調味料の量と入れるタイミングなどは、その料理人にしか分からない微妙な感覚を必要とする。

  その結果、「料理が立つ」のである。だから、食する側は「唸る」「感動する」「来てよかった。また来よう、と思う」のである。

  教師も教材研究+授業練習で「授業が立つ」のである。

 

  「授業を録音録画して見る」「授業を誰かに見てもらい、代案を示してもらう」は、「授業が立つ」上での必須条件である。

  さらに言うならば、「授業を録音録画してみる」だけではだめで、「代案を示してもらう」まで行わなければならないのである。

  半人前の板前が、いくら自己流で授業を練習してもそのレベルから上がることは至難の業なのだ。

 

  私は、若い頃に授業を録音して聞いた(録画など、その当時はあまりない)。

  また、模擬授業100回を目指し、朝に職員室の先生方の机上に略案を置き、「できれば見に来てください」とお願いした。

  もちろん、管理職にもお願いした。そして、アドバイスを乞うたのである。

  そのようにして、自分を常に授業研究会という立場に晒した。

 

  今は、サークル内での学習会で授業を見てもらい、意見をいただく。

  授業技量検定に向けて授業を練習し、検定を受けて評価・代案をいただく。

  頻度は少なくなったが、今でも「他人に見てもらい、代案をいただく」ということを課している。

 

  だから、毎日の授業ではいろいろ気を遣う。

  「服装」「歩き方」「立ち方」「目線」「動線」「言葉遣い」「余計な言葉の削除」「発問指示」「一時に一事」「笑顔」「温かな対応」などだ。

  例えば、教師の言葉に「えー」「えーと」「あのー」「うーんと」などの言葉を決して入れてはいけない。

  入れたら最後、授業のリズムが崩れ出す。

  それほど授業はデリケートなのだと思うことである。

 

  若い先生方には、ぜひとも教材研究だけに終わらせず、必ず見てもらい代案をいただくというところまで行ってほしい。

  まちがっても、感想だけもらってはいけない。必ず代案をいただき、できれば代わりに授業をしていただく。

  代わりに授業をしてみせる先輩教師は、まちがいなく「本物の教師」である。

 

3月20日(月)

  今日は、学校で研究冊子の印刷に入る。

  休日には行かないというのが最上だが、行かなければならないときもあるという点で自分はまだ未熟。

  先週は修了式後に副校長、教務、事務、栄養教諭、調理員の方々に頭を下げて1年間の御礼を述べた。

  相手は「転勤するみたいですねー」と言いながら笑っていた。

  私は、学期ごとに御礼を述べることにしている。なぜなら、この方々のおかげで安定した学校生活を送ってこられたからである。

  卒業担任に限らず、学級担任はこれまで担任してくださった方々への御礼の言葉を述べているだろうか。

  卒業生を見て、これまでのことを振り返るのは旧担任も同じだからである。

  保護者は卒業担任に御礼の言葉を話すが、卒業担任はこれまで支えてくださった方々がいるのだということにも思いをはせるよう、保護者の方々に話す

 ことも大事だ。

  私も多くの保護者から「田村先生のおかげで…」という言葉をたくさんいただく。

  そのとき御礼を述べた後に必ず「これまでの担任の先生方のおかげで、今の自分の学級があります。これまでの担任の方々には感謝です」と話す。

  それが偽らざる気持ちである。学級通信にもそのことを何度か書いている。

  「自分がこの学級をつくりあげた」「自分がいなければこの学校(学級)は…」と思っているうちはまだ浅慮である。

 

3月21日(火)

  昨日は学校で研究冊子の印刷&帳合。予定より時間がかかったが終了。本日印刷会社へ持ち込む。

  昨日の帰宅後は次年度の準備。必要な資料をダウンロード。春休み中に印刷を一気に行う。

  できるだけ春休み中に事務的な仕事を完了する。新年度に向けての準備をどんどん進めるだけだ。

  今日は、指導要録の打ち込み。指導要録がデジタル化され、今日から打ち込み可能になる予定。

  今日中に35人分の要録を完了させるという強い意思で臨む。他の諸帳簿はすでに完了。残ったのが高い頂である。

  とにかく今週は超ハイペースで仕事をこなす。来週に教室の床と壁をきれいにするためだ。

  午後6時頃帰宅。教え子に御礼のケーキを持って行く。

  指導要録35人分を1日で完成。やはりデジタルの指導要録は作業がスムーズ。ストレスを感じずに作業を進めることができた。

  他の諸帳簿も併せて提出。明日の午後は離任式の写真印刷と教室整理に使うことができる。

 

3月22日(水)

  本日離任式。転任、退職される先生と調理員の方々計10名。

  写真係なので、ひたすら撮影。計717枚。

  すぐに1人あたり10枚前後の割合で印刷し、アルバムにメッセージを貼っている先生方へ託す。

  午後は、教室整理をしながらすべての荷物を別室へ。明日、剥離剤を使ってポリッシャーをかけるためだ。

  ついでに他の3教室も行うことにした。だれかのために動くのは気持ちがいい。

 

3月23日(木)

  朝7時30分出勤。すぐに送別会の写真印刷。集合写真(2L判)と個別写真(L判)計約110枚。

  早朝に家で写真をセレクトし、集合写真は枠やタイトルを作成しておいたのでスムーズに印刷に入る。

  今日は1日剥離剤を使いポリッシャー作業。明日か来週の月曜日までかかるか。まずは1年教室。午後3年教室の半分。

  用務員の方、転任される先生2名と私の4名で作業を進める。途中から3年目の先生が入る。

  午後は年次をいただき3時からの「授業で子どもに力をつけるためのベーシックスキル学習会 気仙例会」に参加。

  岩手町からサークル員が参加するために早めの開催。

  「新年度の仕事術」「あっとういう間に熱中する教材」等の講座練習。

  この講座は絶対に受けておいた方がいいと実感。

  岩手町から大船渡まで片道で約2時間30分。往復約5時間。「行こうかな」と簡単に言える距離ではない。

  それに挑んでいるサークル員に脱帽。姿勢に心打たれた。

  このフットワークというのが若さの尺度だと私は考えている。年齢ではない。

  若くてもフットワークが重い人というのは伸びしろを自らの手で狭めている。

  言い訳ならなんとでも言える。言い訳せず、自分が動ける時間を最大限生かす。遠くまで出かける。そして自腹を切る。

  学びは向こうからはやって来るはずなどない。学びはこちらから出かけなければ得られない。

  なぜ遠くに出かけて研修会に参加するか。なぜ様々な先生と交流するのか。それは、自分のアンテナを高くするためである。

  教師の一番小さなコミュニケーションの円は職場だ。次に大きな円は管内。そして地域(ブロック)、県内、東北、東日本、全国と円は広がる。

  円が小さければ、それだけ教育情報は限定されてしまう。つまり自分たちの職場で起きている現象が他の職場でも起きていると「錯覚」する。

  だが現実はそうではない。全国各地の教育情報を知れば、それはまったくの誤情報であることが分かる。

  円が大きければ大きいほど、情報に厚みが出て先を見据えた教育実践を行うことができるということだ。

  「足で稼ぐ」という言葉があるが、様々な場所に出かける教師ほど、多彩な教育実践を身に付けているものだ。

  フットワーク・・・大事にしたいことである。

 

3月28日(火)

  今日は、教室で汚れている壁などを水性塗料で補修。見違えるような教室になった。

  昨年度も同じことを行った。子どもたちが1年間過ごす教室である。

  市内で一番ともいえるほどの古い校舎である。子どもたちの学習環境を少しでも整えてあげたいと思う。

  新しい教室は、入っただけで明るさが違う。「落ち着いて学習ができる」と思うものだ。

  その 教室の中で、教師が練った発問・指示をし、すべての子が「できた」「わかった」という授業を展開する。

  いじめのない教室の中で、男女が協力し合い、企画したイベントを行う。

  子どもたちが一番多くの時間を過ごす教室である。新校舎、新教室とはいえないが、少しでも新しさを感じてくれたらいいと願う。

  「そのようなことまでするのか」「用務員さんの仕事ですね」と思われる方もいよう。

  しかし、何でも用務員さんにしていただけばいいというものではない。

  また、できるのであれば、私だったらそこまでする。ただそれだけのことだ。

  ちなみに、今年度は用務員さんに協力してすべての学級の補修を行う予定である。

  きれいになった教室に入るときの気持ちを、すべてのこどもに経験してほしいと思う。